2012-05-22

味噌と醤油✿日本の家庭料理-日本の食文化:調味料-【日本通tv】



醤油と味噌は、大豆を発酵させた、日本の料理には欠かせない調味料です。
大豆の発酵食品なので、旨味や栄養成分が含まれています。

醤油には、濃い口醤油、淡口(うすくち)醤油、溜まり醤油などの種類があります。
濃い口醤油は、最も一般的な醤油で、普通、醤油というと、濃い口醤油をさします。
日本の多くの家庭には、濃い口醤油が、常備されています。

日本酒とみりん✿日本の家庭料理-日本の食文化:調味料-【日本通tv】



日本酒を料理につかうと、素材の味を生かしつつ、料理の味に深みがまします。
また、みりんを使うと、料理に上品な甘さを加える事ができます。

日本酒は、米を発酵させた醸造酒です。
日本食の料理のレシピで「酒」と書かれていたら、日本酒のことです。
スーパーマーケットなどの調味料売り場にある「料理酒」は、
日本酒に塩を加え、酒税がかからないようにした物です。
日本酒を調味料として使うと日本酒の風味で、お料理の味に深みがまします。
また、アルコールの働きにより、肉や魚の臭みをとる事ができます。
みりんは、もち米と米麹に焼酎を加え、熟成した物で、アルコールが14%程度含まれています。
上品でまろやかな甘みと旨味があります。
類似した調味料に、みりん風調味料というものがあります。
ブドウ糖などの糖類にうまみ調味料などを混ぜ合わせた物で、
アルコール分は少なく、みりんより、低価格で流通してます。
みりんは、お料理に、素材の味を生かした、上品な甘みを付けたい時に加えます。

2012-05-06

サル♘上野動物園の歩き方【日本通tv】


上野動物園 東園の猿です

上野動物園はサル山形式による展示の先がけとして、
開園以来ほぼ変わらぬ姿を保っており、昨年でちょうど80年を迎えました。

2012-05-04

東京タワーへの行き方✈芝公園から東京タワーへ【日本通tv】




都営地下鉄芝公園駅A4出口から東京タワーに行ってみましょう
芝公園の外側に沿って歩いてゆきます。

芝公園は日本で最も古い公園の一つだそうです。
明治6年に上野公園など5つの公園が指定され、
歴史の古い公園として知られています

昭和33年に開業した、333メートルの東京タワーは
東京のシンボルとして長年多くの人々に愛されています。

「建設するからには世界一高い塔でなけれな意味がない
1300年も前に57メートルもある立派な五重塔が日本人の手でできた、
ましてや科学技術が進展した今なら必ずできる」

関係者たちのその熱意と、それに裏付けられた確かな技術によって
生まれた東京タワーは、当時の自立式鉄塔として世界最高の高さを誇りました。

2012-04-30

テナガザル♘上野動物園の歩き方【日本通tv】


テナガザルは東南アジアの熱帯雨林、主に枝と葉が密集している木の上で生活します。
長い腕でブラキエーションと呼ばれる「枝渡り」をして移動します。

一夫一妻、子供を含めたひとつの家族単位の群れを作って生活します。

さて、テナガザルが歌をうたう、ということはご存知でしょうか?
テナガザルの歌は、主につがいのオスとメスが交互に呼び合いながら
規則的なフレーズを組み合わせていくそうで、
縄張りの主張や、家族のきずなを深めるコミュニケーションのためとも言われています。

野生のテナガザルも、飼育されてるテナガザルも
種が同じであれば同じデュエットをうたうそうです。

ラマ♘上野動物園の歩き方【日本通tv】


上野動物園、東園モノレール近く「カピバラ・バク」のラマです。
ラマは南米はアンデス山脈に生息するラクダ科の動物です
ラマはラクダに似ていますが、こぶはなく、全身が毛におおわれています。
もこもことしたその毛皮は衣類になります。

まつ毛が長く、ぱっちりとした目はそのおとなしい性格を表しているかのように
穏やかで愛嬌があります。
ラクダは砂漠で働きますが、ラマは酸素が薄い高地で
荷物を運んだりして働いています。

2012-04-18

雷門への行き方✈【日本通tv】


都営地下鉄「浅草駅」A2-a出口から雷門への道のりをご案内します

都営地下鉄「浅草駅」A2-a出口は浅草寺 駒形堂の目の前にあります。
昔、船で浅草寺詣りに訪れた人たちはまずはここにお参りをして
観音堂に向かったそうです。

この「駒形堂」には観世音菩薩が現れた聖なる地として、
魚介の殺生を禁じたという
東京都有形文化財の浅草観音戒殺碑があります。

雷門の正式名称は「風雷神門」といって
左右に風神、雷神が配され
重さ700kgの提灯が下げられている浅草のランドマークです

風神と雷神は雨風、雷をそれぞれつかさどる神様で
天災や火事から守るとされています。

現在の提灯は1960年に松下幸之助が病気祈願のお礼にと
寄進されたものだそうです。